国際情報科を出て、看護師を志し、挫折。介護の世界に16年。
肩書きが変わっても、変わらなかったものだけを、ここに置いています。
国際情報科(英語×情報)を出て、看護師を志し、挫折。
介護の世界に入り直し、約16年。
38歳の今、迷いながら、書いています。
「ちゃんとした人生」を歩んできたとは、正直、言えません。
進路を変えるたび、転職を考えるたびに「自分はダメなんじゃないか」と、思ってきました。
それでも、介護の現場で人の人生の最終章に立ち会ってきて分かったのは、
「失敗は、防げるものがほとんどだった」ということ。
達観した結論ではなく、今まさに迷いながら書いている過程そのものを、
同じように立ち止まっている誰かに届けたいと思っています。
患者さんでも、利用者さんでも、同僚でもない。まず、一人の人として。それが全部の出発点だと思っています。
「頑張れば報われる」で終わらせない。悔しかったこと、逃げたくなったこと、答えの出ないままのことも、そのまま置きます。
誰かの選択を、外から評価しない。分かった顔をしない。「あなたのため」を、簡単に言わない。
結論が出てから、ではなく。悩んでいる最中の言葉のほうが、誰かの隣に立てることがある、と信じています。
できて当たり前、が苦しい人がいます。私自身がそうでした。だから、そこに一緒にいる言葉を書きます。
介護、転職、30代後半での挑戦。うまくいっていないこと込みで、書いています。
職場、家族、支援する人・される人。近すぎず、遠すぎず、を毎回考え直しています。
気合ではなく、仕組みで。介護の現場で学んだ「事故を防ぐ考え方」を、日常に落として書いています。
部活動で、医師や看護師の方を対象にPCの使い方をサポートしていた。技術を、必要とする人のそばで翻訳することを、ここで覚えた。
言葉にならない時間の、そばにいる仕事。ここで「防げた失敗」と「防げなかった別れ」を、たくさん受け取りました。
職場や役割が変わるたびに気づく、自分の中で動かないもの。「人を大事にしたい」だけは、ずっと同じでした。
英語と情報を換え合う学科で、部活動では医師や看護師のPCサポートも。「専門を、人のそばに届ける」原体験。
「向いていない」と知った、最初の挫折。一度目のRESTART。
複数の事業所で、人の人生の最終章に立ち会う。多くの言葉を、受け取った。
迷っている途中のまま、noteで発信を続けている。同じように立ち止まっている誰かに届くように。
うまくいっていない、と感じている夜に、
「自分だけじゃなかった」と、
少しでも思ってもらえたらと思って書いています。